2024年1月20日土曜日

舞台「斑鳩の王子 -劇史 聖徳太子伝-」 を鑑賞。

3時間の公演で休憩なしという舞台にしてはかなりシビアなタイムスケジュールだったから、正直鑑賞前は不安だったけれど、終わってみれば、笑いあり涙ありのラストは大団円。

どこまでがアドリブでどこからが台本かわからないような構成で、いきなりほとんどアドリブかと思われるようなコントが始まったり、物語の根幹の部分では真剣な芝居をする一幕があったけど、その空気の切り替えが天才的だった。一つ一つの場面だけを切り取ったら、同じ舞台なのかと思うほどだが、演者の芝居と舞台の演出によってコント部分と真剣な芝居部分が見事に融合していた。

主演は明石家さんま(以下、敬称略)。この人マジですごい。明石家さんまが出てきた時の会場の雰囲気の変わり方、観客のみならず、アドリブで他の演者も楽しませる様子はまさにスーパースターのそれだった。

コントはもちろんだが、真剣な芝居も凄まじく一気に引き込まれる。そしてカーテンコールでは疲れた様子も見せず、満面の笑顔で深々と観客に頭を下げる。

そりゃ芸能の世界で長年トップを走り続けるわ。

そこにいたすべての人に愛されるんだもの。

これは本当に才能以外の何者でもない。

人を楽しませることが心底好きで自分も楽しくて仕方がないんだなと。

この人がいなくなった世界は少し寂しくなりそうだ。


2024年1月13日土曜日

 歴史的建造物を見ること、宇宙や地球について調べることが好き。

なぜなら歴史的建造物や宇宙を見ると、スケールがデカすぎて自分がごくごく小さいなんでもない存在だと思えるから。

人間以外の生き物を見たり、生態を調べるのも好き。

マンガに出てきそうな能力を持ってるやつがいたりして、人間なんて地球の覇者でもなんでもなくて、他の生き物となんら変わらない、もしくはそれ以下の存在だと思えるから。

人間は無駄に賢く進化をしてしまったせいで、自分の生まれた意味とかを考え込んでしまう。

でも自分が生まれた意味なんてのは宇宙規模地球規模で考えたら本来はないのだ。

あるわけない。ただ生まれたから、死ぬだけ。それだけのはずだ。

だってその辺にいる犬とか猫とか魚とか虫とか鳥は、自分が生まれた意味なんてわざわざ考えないよね。


だから人生ってのは死ぬまでの暇つぶしなんだな。

暇だから勉強をするし、遊ぶし、仕事をするし、家族をつくる。

だから成功しようが失敗しようが関係ない、どうせ暇つぶしなのだから。


と、ちょっとおセンチな気持ちになった時に自分を勇気づけてます。


2024年1月12日金曜日

 「忘れる」ということは「意識していない(無意識)」ということなんだなと思う。


自転車で駅まで行ったのに、そのことを忘れて歩いて帰ってきて、次の日自宅の駐輪場に行って始めて自転車を駅に置いたままだったことに気がつく。これよくある。

そういうときは大抵、帰りに最寄り駅に着いた時点で考え事や妄想をしていて、「自転車に乗って帰る」という意識がどこかに行ってるんだな。

だから「駅に自転車で忘れた」のではなく「駅に停めてある自転車に乗って帰ることを忘れた」が正しい。


人間として正しく(間違いを少なく)生きるためには結局「意識」が大事なんだな。

例えば自分の言動、自分の見た目、自分の将来、自分のお金。そして自分のことだけでなく、他人の言動や見た目。

これらを意識していない(できない)人っていうのは、なんかダメなやつって感じがする。


でもあらゆるモノ、コト、ヒトに対して意識しすぎるというのも疲れる。

意識しすぎるとその意識がトゲとなって自分や他人を傷つけてしまうかもしれない。イメージはウニ。

かといって無意識すぎるのも、良くない気もする。ウニはあのトゲこそがウニをウニたらしめるのであって、トゲがないウニはただの黒い玉でしかない。

だからトゲの先端が丸みを帯びているウニが一番良いのかも。



2024年1月5日金曜日

能登半島での地震に便乗した、火事場泥棒、悪徳商売、SNSでのデマ投稿等をする、しょうもない連中がいるらしい。

こういう奴らに関しては死んだ方が良いとまで思わないが、絶対に不幸になってほしい。

なってほしいというか、なる。絶対になる。


正直こういう奴らのことは全く許せないし、理解できない。

親の教育の賜物なのか、人に迷惑をかけることに幸せを感じる思考回路なのか。

こういう奴らは頭が良くないんだろうなと思う。偏差値が低いとかそういう意味ではなくて、想像力が足りない。目先の表面的なことしか考えられないんだろう。

自分自身や友人、家族が同じ目に遭ったらとかそういうことを一切考えられないのかな。

シンプルにかわいそうだと思うね。

まだ子供ならわかるよ。多分俺も子供の頃は誰かを傷つけたり傷つけられたりしただろうから。でも大人になるっていうことはそういうことを経験して、他者に対しての想像力が養われていくことを言うと思うんだよ。


今回の件に限らず、他者への想像力が足りない人ってのは一定数いる。

自分が幸せならそれで良いという考えなのかもしれないけど、こういう生き方をしている奴らは結果的には幸せになれない。

別に科学的に裏付けられてるかどうかとかそんなのは知らないけど、とにかくこういう生き方をしている奴らは幸せにはなれない。


かわいそうな人達に幸あれ。

2024年は年始から不幸なニュースから始まった。石川県能登半島での地震。


人間はここ100年ほどで急激に科学を発展させて、あらゆることを可能にしてきたけれど、地震という理不尽で強力な自然災害を防ぐ術を持つことはできていない。

大きな地震が起きるたびに、改めて人間は他の動植物を同じように地球にただ生かされている存在でしかないことを感じる。


特に日本は地震大国だから震度7の地震は度々起こる。

日本で暮らす以上、地震とは付き合っていかないといけない。

もはやどこに住んでいても被災する可能性はある。

地震が起きた時にたまたまそこにいたせいで(おかげで)、被災するor助かることもある。

こういうことはあまり信じたくないたちだけど、「運命」というのが本当にあるのかと思ってしまう。