2023年12月17日日曜日

 今日初めて大きい病院の救急外来に行った。

俺は何かと体調が悪くなることが多く、よく病院にはお世話になるのだが、「今回は何か違う」「動けなくなる前に行った方が良いかも」と思って、病院が近かったこともあり、歩いて向かった。
※後で看護師さんに教えてもらったのだが、本当だったら(歩けるレベルだったら)事前に救急外来に電話を入れて、行くべきかを相談するべきらしい。いきなり行っても、診れる先生がいなかった時に別の病院に行かなければならなくて、結局時間がかかってしまうからとのこと。そりゃそうよな。

結論から言うと、幸い色々と検査をしてもらったが、特に何も異常は見つからず、入院とかにはならずに帰宅となった。

日曜日の夜に行ったので、そもそも常駐している先生が少なかったようなのだが、歩けるレベルの患者である俺に対しても、本当によくしてくれた。

ストレッチャーに横になって、点滴の針を刺されたり、いろんな吸盤のようなものを体中に貼られ、機械につながっている感覚は怖かったが、不思議な感覚でもあった。

横になっている間の約1時間程度、当人は特にすることがないので色々と考えていた。
検査のためにかなり長い時間、そこそこの人数の先生が動いてくれたり、検査のための薬をいくつか飲んだりしたので、もしかして結構お金がかかるんじゃないかとか。
もし入院になったら、もっとお金が必要になるだろうし、親に心配かけるだろうなとか。
かの吉田松陰も確か29歳で死んだな、てかあの肖像画で29歳ってマジかとか。
死んだら誰か気がついてくれるのかなとか。

こういう時に考えることや思い出すことが、本当に自分にとって大事なことなのかな。

俺の場合はそれが「少なくとも両親より先に死にたくない」とか「このまま死んだら世の中に何も残せない」だった。

そう言う意味では良い経験でもあったのかな。
正直不安で怖かったし、したくない経験だけど。

とにかく俺のような、後から考えれば本当に救急とは言えないような患者に対しても、真摯な対応をしていただいた先生、看護師さんには感謝しかないです。ドラマで見るよりもカッコよかったし頼りになります。

2023年12月8日金曜日

 一連のニュースを見て思うこと

戦争ってのはどちらの側も相手を一方的に悪とみなし、自分たちの正義を掲げて、ただ人○しをしているだけ。

どっちが先に仕掛けたとか歴史を遡っても、もはや意味はないと思うのよ。
人○しをしている時点で、どちらにも正義はなくてどちらもただの悪なのよ。

でもこんなことを人間はずーっと繰り返してきている。

当事国の首長だって、そんなことはわかっていそうだけど、国境や宗教という概念が生まれてしまった以上、永遠にどこかで争いは続くし、本当の平和なんてのはありえない、っていうある種の諦めもあったりするのかな。

頼みの綱の国連も約80年も前の戦争の勝利国の権力がいまだにのさばっていて、その勝利国のうち一国でも拒否権を行使したら何もできない。その間にまた大勢人が死ぬ。

国連の会議の休憩中?の映像が出ていたけど、スーツを着た連中が笑顔で談笑していた。
その光景を見て、結局そういうことだよなと思った。

自分自身もあのスーツを着た連中と何も変わらない。
正直内心では、戦争は自分に危険が及ばない遠い国の出来事と思って、他人事としてニュースを見てしまっているし。

そんな自分が偽善者だという自覚があるから、実際当事者だったら考えも変わるかもしれない。

だから現段階での自分の中の結論としては、自分の手が届く範囲の幸せを維持できるように努めること、しかできることはないのかなと思ってる。

以上。
考えがまとまったようなまとまっていないような。まぁ雑筆なので。